青を、畑の外でつくる。

BASFの企業史は、1897年に合成インディゴを販売できる段階に到達したことを記しています。[1]ここで区別したいのは、研究室で物質を合成することと、工業的に生産して商品として供給することです。1897年は後者の大きな節目として、この年表に位置づけています。

産地にも、変化が届いた。

藍住町の歴史解説では、明治30年代にドイツから化学染料の輸入が増え、その後、阿波藍は衰退期に入ったと説明されています。[2]ただし、新しい染料の登場を「その年に天然藍が消えた」と読み替えることはできません。技術が発明される時点と、各地の仕事や暮らしが変わる時点には幅があります。

1978年、守る対象は製造の技術。

文化庁のデータベースによると、「阿波藍製造」は1978年5月9日に選定保存技術として選定されました。解説は、藍が伝統染織の継承や歴史的染織品の修復に必要であり、製造技術の保護と担い手の育成が重要だと述べています。[3]単に青い色を残すのではなく、染料を作れる人と工程を残すことが問われています。

天然か合成か、その先の説明へ。

ここからは編集部の考えです。買い手に伝えたいのは、天然という一語だけではありません。どの原料を、誰が、どう加工したのか。寸法や手入れ、用途に合う品質は確認されているか。歴史の価値と、現在の商品に必要な情報を一緒に示すことで、納得して選べる一枚になります。

歴史を、次のものづくりの土台に。

古い技法を紹介することと、新しい加工を試すことは両立できます。たとえば藍染布へのプリントを考えるなら、由来を伝えながら、実物の加工試験を重ねる。歴史は品質試験の代わりにはなりませんが、何を受け継ぎ、何を新しくするのかを考える手がかりになります。

この記事について

[1]BASF企業史、[2]藍住町の歴史解説、[3]文化庁の選定保存技術データを参照。保存技術の選定は、個々の販売商品の認証や性能保証を意味しません。

確認・更新日:2026年10月27日
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